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自分の中に妨害者がいる!?
元型という言葉を最初に用いたのは、スイスの精神科医カール・ユングでした。
ユングは、1800年代後半にオーストラリアの精神分析学者ジークムント・フロイトが、無意識の存在を提唱したことを踏まえ、無意識には、さらに、個人的無意識と集合的(普遍的)無意識が存在していると指摘しました。集合的無意識は、すべての生物の記憶が収まっている遺伝的な意識であり、そこには、人類共通の元型があるといったのです。
無意識は、情報の宝庫です。覚醒時に活発に働いている顕在意識が、海面に現れている氷山のてっぺんで、無意識は、海面下に隠れている部分であるとよくたとえられます。
この潜在意識からのメッセージを受け取る方法に、催眠療法があり、1965年に、ユング心理学の第一人者である河合隼雄先生が日本に導入した箱庭療法があるのです。
さて、現代では、国際的な直観医療の第一人者で神学博士てあるキャロライン・メイスが、著書、第8のチャクラ(原書タイトルSacred Contracts: Awakening Your Divine Potential)の中で、人には、12の元型があり、すべての人に共通しているのが、妨害者、被害者、娼婦、子供であると言っています。
ほお、そんなもんですかって、感じですよね。
確かに、直観医療の第一人者ならともかく、凡人には、元型がほんとうにあるのか確かめようもないし、本を一生懸命読んで選んだほかの8つの元型が、本当に自分のものであるのかどうかという確信も、なかなか持てるものではありません。
それでも、光と影の部分を持つ「妨害者」、「被害者」、「娼婦」、「子供」という元型が、すべての人の中にいるという考え方は、人間関係や自分の振る舞いを理解するための枠組みとして、とても役に立つものだと思います。
そこで、今回のメルマガとなったわけなのですが、まあ、前置きはこのへんにして、すべての人が持つという「妨害者」、「被害者」、「娼婦」、「子供」の元型が、どんな風に、私たちの生活にかかわっているのか、キャロライン・メイスの本をもとに、みていきましょう。
「妨害者」
この世界で生きていく能力と最も密接につながりがある。
影: 自分自身、自分自身が作り出したものに責任をとることへの恐れを煽り、自分の霊を形作り、深めていく機会に対して積極的に答えようとする変化を拒絶する。
光:勇気ある行動を取り、理性でなく、直感に基づいて行動するように仕向けてくれる。
霊性の道を探求していくよう促す内なる声に応えるという選択をしたとき、自分の創造性を広げていく勇気が現実のものとなり、慣れ親しんだ世界が大きく変化する。
「犠牲者」
力と自分との関係を見直すことを要求する。
影:必要なものやほしいものが手に入れられないという体験をしたときに姿を現わす。自己主張が怖かったり、同情されるのを心地よいと感じたりするため、独立した一人の人間としての責任を逃れ、自分自身のもつ力を捨ててしまう。
光:正直さ、尊厳、勇気、頑張り、自分を大切にする気持ちから出る行為を通して自尊の念をはぐくみ、内面の力をつけるように促す。霊的な資質の大切さを内面に目覚めさせる。
「娼婦」
生存を脅かされたとき、きわめて微妙な形で現れる。
影:近道を探したり、内なる力を代価を払って買えるように思ったり、分けてくれそうな人を見つけると、引き寄せられていく。物質的な安定のために、倫理規範や尊厳、知性、口にした言葉、体、そして、たましいなど、自分をどこまでも売り渡してしまう。
光:自分の状況に目覚め、自らの手で癒さなければならないことに気づかせる。
自分のことは自分でできると知り、神が自分を見守っていることを信じる心の力を促す。自分の守り役となり、お金、気、尊厳、あるいは時間など、自分の支払う代償が大きすぎる状況から逃れ、自分を大きく変えてくれる。
「子供」
人生、安全、養育、忠誠、家族に対する見方を規定する役割を果たす。依存と責任に関与する。
責任をとるべきなのは、どんなときか、健全な依存関係とは何か、あるいは、自分の属する集団に対して堂々とものを言うべきとき、また、共同体の生活を優先し、強調すべきなのはどういうときなのかについて考えさせてくれる。
影:傷に執着したり、自由気ままに振舞う。
光:虐待を癒し、修復し、生きていることに感謝できるようにする。
4つの元型の役割は、ざっとこんな感じです。
すべての元型は、中立のエネルギーであり、心の持ちようによって、影か光のどちらかを体験するという点が、特筆に価すると思います。
なんかおかしい、何とかしたいと思いながら、どうしていいのかわからないと悶々としているとき、自分が体験している状況が、自分にとって心地よいものでないときは、自分の中にあるであろう元型の存在を意識して、葛藤が起こるたびに、徹底的に、その元型がなんのために、そうした行動を起こしているのか、分析してみると、思わぬ気づきがあって、状況をがらりと変えることができるものです。
そんなの簡単にできないとおっしゃる方は、対面カウンセリング、メールカウンセリング、Skypeを利用した遠隔カウンセリングを提供していますので、お気軽にお問い合わせくださいね。
元型についてもっと詳しく知りたい方は、
こちらの本をご一読ください。
予言の自己実現
年が明けて、早くも一月半ばとなりました。
いかがお過ごしでしょうか。
一年の計は、立てられましたか。
計画は、着々と実行されているでしょうか。
さて、2010年最初のメルマガは、一年の計にちなんで、予言の自己実現についてです。
「こうなるだろうという信念や期待が、正しいか、間違っているかに関係なく、個人やグループの行動に影響を与え、結果的に、予言どおりの状況が出現すること」を予言の自己実現といいます。
自己成就的予言(self-fulfilling prophecy)という言葉は、20世紀はじめ、アメリカの社会学者ロバート・キング・マートン(Robert King Merton)によって提唱されました。
現象そのものは、予言の自己実現という言葉ができるよりずっと昔から、存在しています。
例えば、ギリシア神話。父親を殺して、母親と結婚することになると予言されたエディプスが、その予言の実現を避けようとしながらも、知らなかったこととはいえ、父親を殺し、母親と結婚することになったというように。
予言の自己実現は、21世紀の現代でも、家庭で、職場で、学校で、枚挙にいとまがありません。
「この結婚は、上手くいかないのではないかと猜疑心に駆られていると、相手の欠点や落ち度ばかりが目に付いてきて、やっぱり、上手くいかないのだという結果がやってくる」
「彼は、私の求めている人ではないと心の中で思っていると、知らず知らずのうちに、相手を避ける言動をとり、結果的に別離が訪れる」
「部下に対して、こいつは、責任感に乏しく、営業能力が低いと予測した上司が、さしあたりのない仕事を部下に与え、些細な失敗に対しても、人前で厳しく注意すると、部下は、萎縮し、上司が予想したとおり、だめ社員になっていく」
「学校の先生が、授業の邪魔になりそうな生徒を窓際に座らせる。邪魔者のレッテルを貼られた生徒は、よそ見の機会が増え、ますます、成績不良になっていく」
「大人が、子供に対して、たとえ同じいたずらであっても、「いい子」には、笑顔で応対。要注意の子供には、「何度いったらわかるの!」と声を張り上げて注意する。すると、ひどく怒られた子は、ますます、反発。もっといたずらをし、やっぱり、あの子は、要注意ということになる」
といった風にです。
では、予言の自己実現が、厳然とした事実なら、これを逆手にとって、自分の望む状況を作り出すこともできるのではないか。
できるんですね。
これが。
「自分が上司ならは、部下には、必ずいいところがあると信頼して、仕事を任せる。褒める。感謝するを繰り返す。すると、認められた部下は、やる気が起こり、実力以上の力を発揮する」
「欠点だらけのパートナーであっても、あの人のこの部分は好きというところがあれば、そこにフォーカス。いいところを認めると、相手もこちらに心を開き、よいコミュニケーションが生まれてくる」
「みんなと仲良くという価値観を子供に押し付ける前に、その子の個性に注目。こんないいところがあるのねと褒めてやる。褒められた子供は、自分が好きになり、結果的に、友達ともよい関係を築けるようになっていく」
こんな風に、使っていけばよいのです。
肯定的な予言をする。そうすれば、予言の自己実現で、自分の周りが、明るくなっていくというわけです。
一番よくなる、必ず上手くいく。
いつもそう念じている私に、悪いことが起こるわけがないくらいの姿勢で行動していると、どんなことが、起こっても、状況を好転させることができるようになっていきますから、お試しを!
愛の三角形理論
今回ご紹介するのは、スタンバーグ(Sternberg)の愛の三角理論です。
理論というと小難しそうに聞こえますが、現象を理解するためのひとつの枠組みとして用いると、とても役に立つものです。
さて、1949年生まれのアメリカ人心理学者スタンバーグは、「愛には、三つの構成要素」があると定義しました。
三つの構成要素は、
- コミットメント…関係にたいする関与、愛しているという意識を含む認知的要素
そして、これらの三つの要素が、組み合わさることで、様々な愛の形が現れるとしています。
親密性のみ…好意 相手が好きという感情
情熱のみ… 夢中になる愛 一目ぼれなどがこれにあたる
コミットメントのみ…むなしい愛 関係だけが続いている
親密性+情熱…ロマンティックな愛 身体的に親密だが長期的な関係を求めない
親密性+コミットメント…友愛 男女の親友関係
情熱+コミットメント…フェチュアスな愛 体だけでつながっている
親密性+情熱+コミットメント…完全な愛 愛の理想型
図で見ると、以下のようになります。

http://en.wikipedia.org/wiki/Triangular_theory_of_love
一概に、愛といっても、いろいろな愛があるものです。
親子の愛、夫婦の愛、恋人の愛、兄弟姉妹の愛などなど。
現在のご自身は、どのような愛で、身の回りの人たちとつながっているでしょうか。
ちなみに、親密性とコミットメントは、年月を経るにつれ、深まっていきますが、情熱は、数年をピークに、衰えていくという調査結果もあります。
ちょっと古い本になりますが、1993年に、
「愛はなぜ終わるのかー結婚・不倫・離婚の自然史」ヘレン・E・フィッシャー (著), 吉田 利子 (著)
という本が、出版され、話題になったことがあります。
人類学者が、「愛は、4年で終わるのが自然であり、不倫も、離婚・再婚をくりかえすことも、生物学的にみると自然である」と説き、全米でもベストセラーになった本です。
要するに、大恋愛で結婚しても、情熱は、いつか冷めていくのです。
そこで、次の情熱を求めて離婚、再婚、あるいは、不倫を繰り返す。
そんなアメリカ型の行動形式が、今や、日本でも、珍しくなくなってきました。
ちみなみに、アメリカの場合、初婚の離婚率は、 41%
再婚の離婚率は 60%
三度目の結婚の離婚率は、 73%
となっています。
離婚、再婚を繰り返しても、結局、自分の求めるものは、手に入らないといえるのではないでしょうか。
それでも、希望を持って、4度目の結婚にのぞむ人もいるのですから、人間の欲望には、限りがありません。
もちろん、人間は、自由ですし、常に選択肢があるわけですから、あくまで、情熱を追い求めるという生き方も、あるでしょう。
しかし、その一方で、変化していく愛の形に対応しながら、消えていった愛を慈しみ、蓄積された愛に感謝するという生き方もあると思います。
生きていれば、変化がつきもの。
愛の形も、人それぞれ。
なくなったものを嘆くか、あるものを喜ぶかで、人生の質が、大きく変わってくることだけは、確かなようです。
さて、今回のメルマガ、いかがでしたか。
自分の場合は、どうなのか、考えるきっかけになったら、うれしいです。
お金が入ってくる人、来ない人
お金がどうして心の健康と関係があるのか。
大ありですよね。
先立つものがない不安、
お金のやりくりの苦労、
支払い日とにらめっこする日々、
あればあったで、税金対策というわけで、
お金の扱いは、心の健康に直結しているといっても過言ではないでしょう。
そこで、今回のメルマガのタイトルは、「お金が入ってくる人、来ない人」です。
さて、お金が入ってくる人の特徴は、何だと思いますか。
では、入ってこない人の特徴は?
お金に苦労していない人には、以下のような共通点があります。
- 金が、社会を循環するエネルギーだと認識している
- 人脈や機会を富みの一部だと考えている
- 自分が得意なこと、好きなことを切磋琢磨している
お金が入ってこない人は、どうかというと以下のとおりです。
1)金は、天下の回りもの…にもかかわらず、貯め込んでいる
2)金は、汚い…と無意識のうちに思っている
3)金は、膨大な努力なしには手に入らないと心のどこかで思っている
少し詳しく、考えてみましょう。
入ってくる人の1)
クレジットカードで、ないお金を使うというのは、論外ですが、入ってくる人は、ちゃんとお金を使っています。
適度に使い、適度に貯めるというバランス感覚。
これがあると、払ったお金は、ちゃんとめぐりめぐって入ってきます。
無駄遣いをせず、それでいて、ほしいものは、しっかり手に入れる。
それができる人は、ほしいものの価値を見極める判断力も備えています。
入ってくる人の2)
人は、往々にして、通帳に記載されている金額の多寡に一喜一憂します。
でも、世の中には、お金に換算できない財産があります。
人とのつながりです。
~したいことがある。
だから、ネットで検索。お金を払って、買う。
これが、必要なものを手に入れる一般的な方法ですが、モノを知っている友人・知人が、山ほどいれば、それこそ、インターネットさながらに、口コミ情報が集まり、やりたいことが安価に、しかも、楽しくできます。
お金が入ってくる人には、例外なく、いざというときに、助けることができ、助けてもらうことができる友人・知人が、たくさんいます。
入ってくる人の3)
何かに夢中になっている人って、輝いていると思いませんか。
好きなことに熱中できる人は、喜びと自信に満ちています。
そういう人の周りには、その人の肩書きや名声ではなく、純粋にその人のエネルギーに惹かれた人が集まります。
人脈が広がり、お金の循環もよくなっていくというわけです。
では、入ってこない人は、どうでしょうか。
入ってこない人の1)
万一に備えての貯蓄は、大切です。目安としては、一ヶ月に必要な経費の6倍といわれています。
お金は、流通の手段です。つまり、いつも、流れているはずのもの。
それを防波堤のように阻止すると、入ってくるものまで入ってこなくなっても、不思議はありません。
入ってこない人の2)
お金は、たくさんの人の手に触れ、めぐりめぐって自分の手元にやってきます。
インフルエンザが流行る季節がくると、お金を扱ったあと手を洗う人も多いのではないでしょうか。
それはいいのですが、手を洗う=お金は、汚いというメッセージが潜在意識にインプットされていると、ややこしくなります。
自分では、お金大好きと思っていても、心の底では、お金を否定しているわけですから、葛藤が生まれ、ブレーキとアクセルを同時に踏んでいるような状態に陥ってしまうからです。
働けど働けど、わが暮らし楽にならずという人には、このパターンが多いようです。
入ってこない人の3)
日本には、根性ものの漫画が結構あります。
血を吐くような努力をして、ゴールを目指すってやつですね。
そういうものを見て育つと、勝利を手にするためには、並々ならぬ努力をしなければならないというメッセージが潜在意識にインプットされます。
親が、汗水たらして働いているのを見て育った場合も同じで、金を稼ぐのは、大変なことなのだというメッセージが、無意識にインプットされます。
仕事をしようと思うと、なんとなく気が進まなくなる人、ほしいものを手に入れるために、必要以上の犠牲を払ってしまう人には、こうした観念がインプットされている場合が、多いようです。
さて、いかがでしょうか。
まあ、いっていることはわかるけど…
でも…
と愚痴がこぼれそうになった方。
さっそく、自分がどんな風に、お金を捉えているのか考えてみましょう。
自分でも、びっくりするような気づきがあるはずですよ。
お金との付き合い方は、百人百様。
自分の場合は、どうなのか、今回のメルマガが、考えてみるきっかけになったら、うれしいです。
気分が良くなる発想転換法
さて、今日のご気分はいかがでしょうか。
秋晴れの空のように、とても元気。
外の天気とは裏腹に、とても元気。
それとも、なんとなく、芳しくない。
人間は、エコシステムの一部ですから、男であっても、女であっても、季節や環境の変化に影響されるものです。
変化は、外界だけでなく、身体の中でも、起こっています。
何を食べたか、いつ食べたか、どのくらい睡眠時間をとったかなどなど、気分に影響をあたえる変化は、枚挙に暇ありません。
ロサンゼルスは、かなり長い間、山火事が続いたために、路上駐車していた車に灰が積もる、学校では、休み時間の外遊びが禁止されるなどの影響がでていました。当然、身体のほうも、なんとなくだるい、のどが痛い、目がちかちかするといった症状を訴える人が、たくさん。気分は、最悪といわないまでも、芳しくない人が、少なくありませんでした。
空気が悪いから、気分が優れなかったのかといえば、理由はそれだけではなかったと思います。
山火事をどうすることもできない、燃え広がる炎を食い止めることができない、そう感じる無力感が、空気の悪さに拍車をかけて、気分まで悪くさせていたのです。その証拠に、消火活動を行っている消防士たちは、意気軒昂でした。
では、山火事にしろ、地震にしろ、未然に防ぐことが難しい災害が起こったときは、どうすればいいのか。
ああ、いつまで続くのだろう、ああ、こんな生活がずっと続くなんて、考えただけでうんざりすると思っていたら、ああ、イヤだイヤだとネガティブな悪循環に陥るばかり。
だから、そんなときは、やまない雨はない。雨降って地固まる。晴れもよし、雨もまた良し、今だけ今だけ、明日は別の日といって、今の芳しくない気持ちが、今だけにとどまるように努力するのです。
通勤電車が止まって、どうしようと思うときも、同様です。どうしようもないという無力感に陥る前に、今の自分に何ができるのか考えると、自分に選択権が戻ってくるので、気持ちが安定してきます。
では、好むと好まざるにかかわらず、とりあえず、今いる場所の影響というのはどう対処すればいいのでしょうか。
みんなが、一生懸命働いている日本では、それ以上に働かないと、頭角を現せません。ちょっとでも手を抜こうものなら、たちまち、自分だけが落ちていくという逼迫した状況は、それが日常であるために、取り立てて意識することはありません。
それが自然なので、自分も、流れに任せて一生懸命働くことになるわけですが、ここにも落とし穴があります。
目の前のやるべきことが膨大で、それを処理するのに精一杯という状態が続くと、いったい自分が何のために、それをやっているのかがわからなくなってしまうことがあるのです。
木を見て、森を見ず。
そして、いつの間にか、かごの中のハツカネズミ状態となり、走り続けなければならないことに、ほとほと疲れ、膨大な作業に不満がこぼれ、毎日に、押しつぶされそうになって、気分が滅入るという悪循環が生まれます。
森、つまり、全体を見渡す努力をしてみましょう。
まず、やらされているという気持ちを脇に押しやります。
誰も、強制などしていないのです。
無言のプレッシャーを周囲から感じているかもしれないし、自分で自分にプレッシャーをかけているかもしれませんが、それらは、すべて、幻です。
人間は、みな自由であり、誰かに強制されたからといって、無理にやる必要はないのです。
でも、やらないと、白い目で見られるとか、やらなければリストラが怖いというのであれば、はっきり認めてしまいましょう。
やるのは、私自身の選択だと。
やれるから、やっているのだと。
気分が、芳しくなくなるのは、状況をコントロールできないと本人が認識し、無力感を感じてしまうからです。
だから、状況を自分がコントロールしていると思えるように、考え方を改めてみるのです。
考え方の癖は、知らず知らずのうちに身についているものです。
自分の考え方の癖が、自分の気分を芳しくないものにしてしまうのであれば、思い切って、旧来の癖を手放し、快適な気分になる考え方を身につけていきましょう。
やり方は、簡単です。まず、そうすると、選択するだけでいいのです。
0,000001の角度の違いが、スペースシャトルの目的地を違う天体にしてしまうように、心の持ちようを変えるだけで、未来が大きく変わります。
最後に、身体が思うように動かず、気持ちが滅入ってくるときは、
今日は、そんな日。だから休もう。私には、自然治癒力がある。私は、絶対、大丈夫と、口に出していってみると気持ちが安らぎます。気持ちが安らげば、副交感神経が優位になりますから、おのずと自然治癒力も高まってくるのです。
決して、気休めではなく、科学的な方法なので、さっそく、試してみてください。
さあ、胸を張って、背筋を伸ばして。
私は、絶対大丈夫!!!
顔がしょっちゅう変わる!?
怪奇映画? それとも、新しいゲームソフトの話?
違うんです。
人間の顔って、本当に、しょっちゅう変わっているんですよ。
小学校の同窓会で、再会した相手が誰だかわからなかったって、話は、よく聞きますね。
この間、赤ちゃんだったと思っていた知り合いの子供に、
「あら、~ちゃん、大きくなったわねえ。すっかり見違えて」
なんて、言葉も、結構口にしているのではないでしょうか。
つまり、顔が変わるという事実は周知の事実。
でも、実は、人間の顔って、瞬間、瞬間、変わっているものなのです。
もちろん、あなた自身の顔もです。
まさかと思ったら、鏡をジーと見てみてください。
いかがですか?
私たちが、人の顔を見るとき、見ているのは、実は、相手の目鼻立ちではありません。
表情、そして雰囲気を感じ取っているのです。
私たちの顔は、どこにいるのか、誰と一緒にいるかによっても、びっくりするくらい変わります。
しのぶれど 色にいでにけり わが恋は
物や思ふと 人のとふまで
平 兼盛
昔の人も、その事実をちゃんと語っているでしょ。
だから、鏡をじっと見て、シミが増えた、ニキビができたという「現象」にこだわるよりも、(もちろんそれも大切ですが)今、自分が、どんな気分でいるのか意識する癖をつけたほうが、得策です。
やり方は、簡単。
好きな顔だなと思ったら、今、どんな状況なのか、何があるからこんないい顔でいられるのかを意識して覚えておく。いやな顔だと思ったら、まず、笑顔を作って、今、おかれている状況をどうすれば改善できるのか考えてみる。
これだけです。
もし、なんとかしたいけど、どうしていいのかわからない状況や人間関係で悩んでいらっしゃるのでしたら、お気軽に、無料相談をご利用ください。「よりよくなるため」に、お手伝いいたします。
試練を振り返るとき、自信が生まれる
あれほどの体験をよく乗り越えられたものだ。
そんな感慨とともに、過去を思い出すことがあったら、その試練は、すでに終わっているということです。
当時の体験を思い出しながら、なぜ、あんなことが起こったのか、どうして自分がそんな風に振舞ったのか、今の自分ならどうするか。
改めて振り返ってみると、今の自分が、どのくらい変化してきたかが、明確となり、自らの成長を認めることができるようになります。
当時の自分が頑張ったからこそ、今の自分がある。その事実は、頑張った自分への感謝の念を生み、あの試練を乗り越えて、今も生きているという事実は、生かされているのだという謙虚な気持ちも抱かせてくれるものです。
静かな自信ほど、不動のものはありません。 2009.8.22
与えるは、受け取るの種
子供には、5つの欲求があるといいます。認められたい、ほめられたい、愛されたい、人の役にたちたい、そして自由になりたいというのがその5つ。考えてみれば、それは、大人も同じこと。では、どうしたら、その願いを叶えることができるのでしょうか。
認められたかったら、まず、認める。ほめられたかったら、まず、ほめる。愛されたかったら、まず愛する。そんな風に、自分から率先してやってみればいいのです。
そのとき、大切なのが、見返りを期待せず、自分がそうしたいからやる。100パーセント相手のところまで歩み寄るということ。
私が、歩み寄ったから、今度は、あなたの番といって、待っているのでは、足りません。
行動を起こせば、必ず、変化が起こります。
楽は苦の種、苦は楽の種。そして、与えるは、受け取るの種というわけです。
2009.7.1
問題は、課題なのだと考える。
気持ちが萎えることが起こったら、これは、自分を成長させてくれる課題なのだと考えてみましょう。問題だと思うから、いらいらするし、早く片付けてしまいたいと思うのです。でも、自分の糧になるのだと思えれば、じっくり腰をすえて取り組めます。問題解決のスピードがあがるのは、気持ちにゆとりがあるときです。
2009.6.19
何を選択するかで、気分が変わる。
生きていれば、気が進まなくても、やらなければらないことがたくさんあります。そんなとき、やらされていると思うのか、どうせやるなら、どうすれば効率よくできるのか考えるのかで、気分がまったく違ってくるものです。
人が、イライラしたり、腹を立てたりするのは、自分の手に負えない、どうしようもないという無力感、自由を剥奪されていると感じる絶望感を体験しているとき。
ならば、どんな状況であっても、自分が選択していると感じることができれば、穏やかな気分ですごすことができるということです。
わかっちゃいるけど、難しいと思うときは、選択しない選択をするという選択をするという手もあります。
要は考え方次第。せっかくの一日、大切に生きていきましょう。
2009.5.14
笑顔は、社会の財産だ。
顔かたちの評価は、時代とともに変わります。
でも、笑顔は、いつの時代であっても、周囲を和ませる特効薬。
どんな気分のときであっても、笑顔をつくれば、自分の気分もよくなります。
だから一挙両得。
口角は、重力に従って年々、への字に下がっていきますから、笑顔は、社会の共有財産だと心得て、常日頃から、笑顔を心がけていきましょう。
八つ当たりは一時の楽、反復練習は一生の得
いらいらしたり、むしゃくしゃしたりすると、周りの人に八つ当たりしてしまうことがあります。八つ当たりすると、爆発する感情のエネルギーが軽減され、多少、気持ちが楽になるからです。
でも、八つ当たりされた方は、いい迷惑。
負のエネルギーを浴びせられ、今度は、八つ当たりされた方がいらいら、むしゃくしゃ。売り言葉に買い言葉で、爆発の応酬。こんなことを続けていたら、お互いの人間関係にひびが入ってしまうのが関の山です。
では、どうすればいいのか。
人が、いらいらしたり、むしゃくしゃしたりするのは、自分の思うようにものごとが運ばないから。状況が制御できないので、無力感がつのり、その無力感を跳ね返したいという欲求が、怒りという形になって現れるのです。
だから、状況を制御することができれば、いらいら、むしゃくしゃしなくなるということ。
そのためには、反復練習をすることです。
人間の脳には、学習機能が備わっています。一回できなくても、どうすればできるようになるのか、工夫しながら、何度もやっていると、そのうち、上手になっていくものです。
うまくできるようになれば、自信がついてきます。
自信は、一生の財産。
いらいらしたり、むしゃくしゃしたりするときは、八つ当たりで、その場しのぎをするのではなく、反復練習は一生の得と信じて、コツコツと地道な努力を続けましょう。
2009.1.31
笑顔を増やそう
身近な人に声をかけられたとき、口角をクイッと上げて、笑顔を作ってみましょう。
親しき仲にも礼儀あり。
むすっとした顔を向けるより、笑顔を向けたときの方が、会話がスムーズにいくものです。
笑顔は、伝染していきます。
まずは、自分から、笑顔を増やしていきましょう。
2009.1.6
上れない山のてっぺんを眺めて、諦めるより、登れそうな山を見つける方がいい。
体験を重ねること、重ねた体験から学ぶこと、それが、人生の目的だとしたら、登れそうな山をみつけて、まずは、登ってみることです。登れば、体力がつくし、山登りのコツもつかめる。もしかしたら、登れないと諦めていた山のてっぺんから裾野の景色を眺めている自分自身の姿に気がつく日がくるかもしれません。
2008.11.20
近道、早道、一攫千金。夢を見るのはやさしいが、ほんとのところは、地道な努力が実を結ぶ。
こつこつと努力していると、遅々たる進歩に立ち止まり、途方にくれた気分に陥ることがあります。もっと簡単に、もっと楽に、どでかい成功を手に入れたい。とはいえ、人生は、体験をするためにあるもの。それに、一朝一夕で望むものが手に入れば、手に入れたもののありがたみも薄れるというものです。
世に名を成している人を見渡せば、みなさん、相当な努力をしておられる。
さあ、今日も、気持ちを引き締め、地道に努力を重ねていきましょう。
2008.10.28
絶対は、存在しない。
絶体絶命だと感じることがあっても、今の状況が永遠に続いてほしいと思うことがあっても、
地球に生きている限り、必ず、状況は変わります。
苦しいことばかりでもなく、楽しいときばかりでもない。
生きているとはそういうことだと心得て、臨機応変、柔軟に。
「絶対は、存在しない」とさらりとつぶやき、今に取り組んでいきましょう。
2008.10.16
今をていねいに生きる。
やりたいこと、やらなければならないことがたくさんあると、早く仕上げよう、さっさと片付けようと思いがちです。
課題を効率よくこなすことは、スピードを要求される現代社会を生きるために必要な能力です。でも、それが目標になってしまうと、本人の気が休まるときがありません。
だから、深呼吸をして。間に合わないかもしれないという不安を脇において。今、何をしているのか。何のためにしているのか考えてみる。
たとえ望まない課題であっても、学びのチャンスだと思えば、意欲的に取り組めます。
結果は、追うものではなく、ていねいに生きた今のうしろに積み重なっていくものなのです。
2008.9.9
時間が飛ぶように過ぎていく。
時間が飛ぶように過ぎていくと感じるときは、頭の中を整理するいいチャンスです。
自分が何をしていたのか、どんなことが起こったのか、それらの体験から何を学び、得られた知恵をこれからどう生かしていくのか、立ち止まって考えてみるのです。
時間管理は、仕事や勉強、家事・育児を効率よく行うために必要な能力です。
でも、管理された時間の中で、やらなければならないことだけに没頭していると、疲れがたまってしまいます。
時間を意識しないひとときを生活の中に取り入れること。そうすれば、無意識の欲求が満たされて、どんなに忙しくても、気持ちが安定してきます。
意識的な時間と無意識の時間のバランス。それが充実した毎日を送る鍵でもあるのです。
2008.8.3
今の自分に情報更新
体験を積んだ今の自分は、どんな風に人とかかわり、どんな風にものを考えているのか。自分の誕生日や結婚記念日をきっかけに、等身大の自分を再評価してみましょう。
「昔のパターン」を繰り返し続けるのか、「伊達や酔狂に年をとっていない」今の自分にふさわしい行動をとるのか。
中身と行動の差が縮まれば、気分が高揚してきます。
2008.5.15
必要なものが桜の花びらのように降り注いでくる。
穏やかな春、桃色にけぶる世界。はらはらと、はらはらと音もなく、桜の花びらが、風に乗って舞っている。
数え切れない桜の花びらのように、必要なものが自分自身に降り注いでくるというイメージを思い浮かべてみましょう。
桜が散るのは、自然なこと。自分に必要なものが与えられるのも、自然なこと。
そんな風にゆったり構えて、優雅な桜の花びらを想像してみるのです。
追えば逃げる。何が何でも手に入れるというがむしゃらな姿勢は、かえって、欲しいものを遠ざけてしまいます。
2008.4.8
創造力を解き放とう。
2008年がもうすぐ始まります。
どんな年になるか。どんな年にしたいのか。
年末年始という日常とは、ちょっと違った時間の流れを利用して、創造力を解き放ってあげましょう。こうなったらどんなに素敵だろうと思える自分の姿を生き生きと思い浮かべてみるのです。
こんなことをしている暇はないとか、あれをやらなければならないとかいう気持ちを脇において。
創造力は、行動への鍵。マンネリは、脳の老化と退屈の元。
皆様のご健勝を心より願っています。
夢はパワフル
自分が見た夢がなんだか印象に残っているというときは、その内容を忘れないうちに紙に書いてみましょう。
書いていると、現実に起きたことがチラッと顔をだしていたり、長年のテーマになっている心の葛藤が現れていたりしていてはっとするかも。脳が寝ている間に、情報を整理し、不安を解消しているくれているんですよね。
夢のシーンを、時々読み返しながら書いていると、そのうち、「でも、私は、そこで~しなかった。もう私には関係ないんだ」、「そういえば、私は、そこで、思い切って外に出た」といった今の自分のコメントが挿入されることがあります。そんなときは流れに任せて。
キーボードを使えば、わずか5分足らずの作業とはいえ、夢はパワフル。夢を見る前と思い返したあとでは、なにかが確実に変わります。
2007.11.29
当たり前を見直す
できて当たり前だったことが、病気や加齢でできなくなることがあります。
その一方で、環境の変化や生活習慣の改善で、できないのが当たり前だったことが、できるようになることもあります。
体調がいつもと違うと感じるときは、何が今の自分にとっての当たり前なのか,
見直してみるいい機会だと思います。
2007.11.3
結婚は、一人でできないことを二人で実現させる場
生まれも育ちも違う赤の他人が、一緒に暮していれば、いろいろなことが起こります。もちろんいいことばかりとは限りません。
では、摩擦が起きたときは、どうするか。
通常、人間の反応は、言い張る(攻撃)、拒絶する(無視)、なかったことにする(回避)、違うことをする(逃避)、言いなりになる(屈服)のどれかです。
でも、本当に必要なのは、話し合い。
相手を尊重し、でも自分も大切にしながら、お互いが納得できる新たな解決策を生み出すしていく。この積み重ねが、1人でできないことを二人で実現させる鍵となるのです。
2007.9.23
原点に戻る勇気
どうしてこんなことになるのかと、心が千々に乱れるときは、原点に戻る勇気を持ちましょう。
人間の原点は、息をすること、生きること。今日も、何とか生きられたと思えれば、心労の元となっているどんなことも、
一瞬、遠のいていくものです。
その一瞬の間に、頑張ってくれている体に感謝し、いつか去っていくであろう嵐のあとの静けさを思い浮かべれて瞑想すれば、必ず、状況が好転します。
2007.8.31
できるから、できることをやる。
誰かのやり方に腹が立ったり、こんなにやっているのに感謝もされないと頭にきたりするときは、自分の行動の動機を省みるいいチャンスです。
やらされていると感じているのか、できるから、やっているのか。
前者は、被害者意識を増長させますが、後者は、自信を育む糧となります。
できることを一生懸命やっていると、周りが何をしていようと気にならなくなるものです。
なにかを淡々とやっている人の姿は、無言の影響力を持っているので、何も言わなくても、周りの人も、自ずと変化していきます。
できるから、できることをやる。
心穏やかに日々を過ごすための秘訣です。
2007.7.16.
実現しない完璧よりも、今できる不完全
ああでもない、こうでもないと考えているうちに時間ばかりたっていく。
持ち時間には限りがあるとわかっていても。
そんなときは、思い切って、不完全を容認し、今、できることをやりましょう。
2007.5.28
幸せは、自分の中にある。
人生に、事故や失敗はつきものです。それを恐れず、何度でも幸せを享受する。
幸せは、どこか遠くにあって、一生懸命、努力しなければ手が届かないものではありません。幸せを味わうことを自分自身に許した瞬間、感じることができるものなのです。
2007.5.4
足るを知れば楽になる。
「もっと~したい」と思うのは人間の自然な欲求です。でも、もっとが、もっともっともっとになると、「期待」という雪だまが膨れ上がり、不満ばかりが募ります。
そんなとき、「~できるだけでもありがたい」と思えれば、気持ちがずっと楽になります。百か千か一億かではなく、ゼロか1かという原点に戻ればいいのです。
2007.3.15
期待するのも、されるのも、自分自身の選択だ。
誰かに何かを期待して、期待が外れて泣くときも、誰かに何かを期待され、たまらないプレッシャーを感じるときも、もとをただせば、自分自身に選択権があるのだということを覚えておきましょう。
期待しなくても、自分でなんとかできるし、期待されても、応えなければならないという道理はどこにもない。人は、すべての期待から自由なものなのです。
2..7.2.17
恩は倍返し、恨みつらみは3倍返し
建設的な考え方をし、感謝の気持ちを忘れなければ、ものごとたいてい、いいほうに展開していくものです。
一方、人のせいにしたり、やるべきことを先延ばしにしてばかりいると、あとでつけが回ってくるのもまた事実。
自分に対して正直に、他人に対して誠意を持って。できることを精一杯、やりましょう。
2007.1.16
他人の反応は、自己評価を上下する判断基準には、なり得ない。
自己評価は、心身鍛錬の結果を自らが評価して行うものであり、他人にゆだねるものではないのだ。
2006.12.15
やる気+行動=好転
願望を明確にすると、願いが叶いやすくなります。
やる気になったら、次は、行動。好ましい変化は、やる気+行動で起こるのです。
2006.12.01
もっともっと体を信じよう。
体には、素晴らしい学習機能や免疫力、自然治癒力が備わっています。上手に使えば120年くらいまで、長持ちするとか。にもかかわらず、病気になったり、早死にしたりするのは、「体に悪いこと」を人間が、いっぱいしているからです。
体に一番悪いのは、運動不足もさることながら、悲観的な考え方といえるでしょう。
生きるために機能する体をもっともっと信じて、幸せを感じられる瞬間にめぐり合うたび、それを覚えておくようにすれば、生活の質が、自ずと上がります。
2006.10.20
「なんで~」と思ったら、「~のおかげで」と言い直す。
ものごとが、自分の思いどうりにならないと、ムッとしたり、カッとしたりすることがあるものです。でも、そんなとき「なんで~」と思ったら、ますます、恨みつらみが深くなり、過去のことまで蘇ってきて、ろくなことはありません。
だから、「なんで~」と思ったら、「~のおかげで」と言い直してみる。
ものごとには、常に違う側面があるもの。否定的に思える状況をありがたいと思うことができたら、気分がぐっとよくなります。
2006.9.2
人生には、3度、大きな波がある。のるかそるかは本人次第。
どんな人にも、生きている間に、3度、巨万の富が舞い込むチャンスがあるといいます。波を感じたら、全身全霊で対峙して、チャンスを最大限に生かしましょう。
2006.8.4
「行動は自分のためだと自覚する。」
「楽しいから」、「自分にとって必要だから」行うことは、その行動の終了と同時に、達成感をもたらしてくれるものです。その一方で、「こうすれば、相手がこうしてくれるだろう」という期待のもとに行われる行動は、相手の反応次第で、「思うようにならなかった」という不満を募らせる原因となります。心の中で、「あれだけやったのに」という気持ちが起こったら、行動は、自分のためだと自覚して、次の行動に移りましょう。
2006.6.26
「自信は、あとからついてくる。」
初めてのことに挑戦するには、勇気がいります。
自信がないからとしり込みすれば、いつまでたっても、望む結果は得られません。
だから、不安や葛藤が心の中に起こったときは、望む結果が実現した瞬間を思い描いて、まず、できることから始めましょう。 自信は、あとからついてくる。体験の積み重ねが、自信という財産になるのです。
2006.6.2
「傷と思うか、きっかけと思うか、選択次第で未来が変わる。」
ものごとには、常に、陰(-)陽(+)二つの面が在ります。
取り返しのつかない過去を思い嘆くときは、違う見方を模索する。
エネルギーを、もう一方の面に向けることができれば、気持ちが楽になり、自ずと、未来が拓けます。
2006.4.9
「時(とき)」を決めるのは、自分自身。
ものごとが、予定どうりにいかないときに、被害者意識を持つのはやめましょう。
外的要因のせいにしていたら、閉塞感が募るだけ。
「とき」は、必ず、ベストなタイミングでやってきます。だから、待たされていると感じたら、今は、機が熟しているときなのだと思ったほうが、気が楽です。
2006.2.14
感情は一瞬、持続させるかどうかは本人の選択。
戦うか、逃げるか。人間は本能的に、とっさの判断を下します。感情も同様。考 える間もなく、カッとしたり、むっとしたり、ウワッーとうれしくなったりする
のです。もっとも、その感情を持続させるかどうかは、本人の選択。楽しいこと は、できるだけ持続させ、いやな気分は、意識的にさっと忘れる。これができる
ようになると、人生が変わります。
2006.1.17
猫のようにのんびりと、その日その日を大切に
来年のカレンダーを眺めて、計画をたて、それをこなすことに思いをめぐらす 。実は、すべてが頭の中の産物で、その気になれば、何でもやりたいことをすれ
ばいいという選択肢があるにもかかわらず。
あわただしい年末だからこそ、猫のようにのんびりと、ゆったりとした瞬間に 立ち戻り、その日その日をいとおしみながら、新年を迎えたいものです。
2005.12.18
時間は自分で作るもの
やることが山ほどある、気ぜわしい。そう思うのは、仕事を片付けようとする人間の知恵だと思います。自分で自分を追い詰めることで、興奮物質アドレナリンを放出し、目の前の出来事に、全力で対処しようとするのです。
その原理を忘れると、時間がない、時間に追われているという感覚が強くなり、ストレス反応が現れます。だから、焦りを感じている自分に気づいたら、時間は必要なだけある、時間は自分で作るものといって、深呼吸すると楽になります。
2005.11.11
備えあれば憂いなし
万一を想定して、あれこれ準備するのは結構な労力が要るものです。だから、やった方がいいなと思いつつ、ついつい先延ばしにしてしまう。いのちがあれば、備えがなくても、なんとかなるのもまた事実。でも、できる限り余分な時間やエネルギーを使わず、万一の事態を乗り切ろうと思ったら、やはり、常日頃から、先手先手で仕切るほうが得策です。保険をいくらかけるかは、本人次第。でも、かけないよりはかけた方がいいのと同じです。
2005.10.19
頑張れるときに頑張る。
人生には波があります。どんなにやる気があっても、できないときというのはある。だから、頑張れるときが巡ってきたら、なりふりかまわず、全身全霊で取り組みましょう。短時間で成果が上がり、自分でもびっくりするくらい仕事がはかどってゆくものです。大いなるものに導かれているようなその瞬間を大切に。
2005.10.14
時間を忘れる日を創る。
人間、頑張ってばかりいたら、息切れしてしまいます。だから、意識して、時間を忘れる日を創る。時間を忘れる日があると、メインである日常にも活気がついて、こなす仕事がますますうまくいくというメリットがあります。
日本は世界一の長寿国。平成16年の厚生労働省の調査では、男性の平均寿命は、78.64歳、女性は、85.59歳となっています。それだけの年月を健康で生きるためにも、今あるものを大切に、できるだけ長く使う工夫をしたいものです。
2005.10.4
できるできる何でもできる。今ここで頑張らずにいつ頑張る。
これは、京都の大徳寺大仙院の住職、尾関宋園和尚の言葉です。
16歳の修学旅行でこの言葉を聞いて以来、私は何度も、この言葉を思い出すことがありました。
新しいことをやろうとすると、どんなことであれリスクが伴います。だから、人間は、つい躊躇してしまう。~してからにしよう、~なるかもしれないから、そのときまで待とう。でも、人生は、今この瞬間すべて。躊躇したり、起こるかもしれないけれど、起こらないかもしれないことを待っているときは、思うように物事が運びません。だから、思い切って行動を起こす。まさに人生は、この瞬間、ここにある。
思い立ったら吉日。やりたいことは行動に移しましょう。
2005.8.29
手に負えないことは起こらない。
生きているといろいろなことがあります。
とりわけ、20代後半から40にかけては、人生が拓ける時期。それだけに、これまで予想もしなかったような出来事に遭遇することが増えていきます。
こんな感動があるなんて人生、素晴らしいとワクワクすることなら大歓迎。
でも、ときには、もう耐えられないと思うような状況に出くわすことも少なくありません。
そんなときは、手に負えないことは起こらないと念ずること。
中年以降になると、これまでも絶体絶命と思った事態をなんとか乗り越えてきたのだから、今度も、大変だけれど、なんとかなるだろうというゆとりがもてます。しかし、30代に起こる変化は、当人にとって初体験であることが多いので、自信のよりどころがない場合がほとんどです。
だから、手に負えないことは起こらないと念ずる。
これは、長く生きた人が、必ずどこかでそれらしきことを言っている至言です。
それが事実かどうか、私には、証明することができません。
でも、10年後、過去を振り返るであろう未来のあなたには、必ず、手に負えないことは起こらないというのが、本当なのだということが、わかるはずです。
だから、思いつめないで。大丈夫。なんとかなるから。
2005.8.23
捨てる神あれば、拾う神あり。
これは昔からの古いことわざですよね。
神様がいるかどうかは別にして、ああ、なんかむなしいなと思っていると、突然、思わぬところから、たくさんのサポートがやってきて、心があったかくなることがあります。
これは、地球の摂理。バランスが基本になっている地球では、陰の気が満ちると、次は、陽の気が満ちるようになっているのです。
だから、陽で舞い上がっているときは、いずれ落ち着くときがくると知りつつ、楽しみ、陰の気が満ちてきたときは、いっぱいになったら、いずれ変化が訪れると鷹揚に構える。そうしていると、一日一日が、つつがなく過ぎていきます。
2005.8.3
生命力を信頼する
子供がケガをしたとき、介護対象の具合が悪いとき、不安が心をよぎることがあります。
もしかして...、やっぱり…。
そんな心配に心の手綱を取られると、ネガティブな気分が蔓延して、自分の具合まで悪くなってしまいます。
だから、そんなときは、相手の中にある生きる力を信頼する。
目の前で弱り、苦しむ姿に囚われず、その内側に秘められている生命力を信頼するのです。
苦しんでいる人の身になって考え、その人が心地よく過ごせるよう配慮するのは、素晴らしいことです。何事も前向きに考えてみせることで、当人の気分を高揚させ、自然治癒力を高める効果もあるからです。
2005.7.31
いざとなったら、なんとかなる
人間は、直面する困難を乗り越えられるだけの資質を備えもって生まれてきます。
でも、ほとんどの人が、その事実を忘れています。 思い出すための鍵は、自尊心。
自尊心が欠如するのは、不安、罪悪感、劣等感のためだと、「この世で一番の奇跡」を書いたオグ・マンディーノがいっていました。
2005.7.28
天に宝を積んでいる
人間は、自分が与えたものを受け取るようにできています。
こうするといいなと思って自然に行った行為が、あとから、ブーメランのように戻ってきて、報われた気持ちになるのです。
でも、必ずしも、自分が意識的に与えた人や状況から直接、お返しがくるわけではありません。
だから、「報われないなあ」と思うようなことがあったら、そんな気持ちを振り切って、今は、「天に宝を積んでいる」と考えると、楽しくなります。
2005.7.28
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