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「ワークショップの作り方」 北加日本商工会議所掲載  2006年9月

新渡米者のための非営利団体「のびる会」の主催で、ワークショップを開催することになった。JCCNC NEWSの3月号から5回にわたり連載させていただいた「面接」関連情報を当事者である就職・転職間近の方々にも、是非、役立てていただこうというのが趣旨である。もっとも、私が当初、意図していた面接の具体的な対策指導は、就職シーズンのほうが参加者が集まるであろうという理由で、秋に開催されることになり、今回は、一般の方々が、異文化の中で、うまく自己表現するためのヒントを得られる会にしようということになった。タイトルは、「英語で自己PR」。会場となるユニオンバンクのホスピタリティルームでの持ち時間は2時間なので、情報提供に質疑応答がつくセミナー形式ではなく、参加者が体験学習できるワークショップ形式で、楽しんでもらうことに決めた。

ワークショップといえば、思い出すのが、キャリアカウンセラーを対象としたMBTI(Myers-Briggs Type Indicator)解釈スキル向上クラスだ。MBTI一筋30年という講師は、当然のことながら、自信たっぷり。広い会場を余すところなく使って、参加者を自由自在に移動させ、ときおり、笑いの渦を巻き起こしては、何度も、全員を頷かせていた。
人には、利き手があるように、情報収集、選択決定のしかたにも、無意識下の指向がある。それを「興味関心の方向:外向(E)vs.内向(I)」、「ものの見方:直感(N)vs.感覚(S)」、「判断のしかた:思考(T)vs.感情(F)、「外界との接し方:判断的態度(J)vs.知覚的態度(P)」という4指標を使って、16のタイプに類型化し、それぞれのパーソナリティーを見ていこうとするのが、MBTIだ。テーマそのものに笑いがあるわけではない。にもかかわらず、そのワークショップが、際立っていたのは、情報提供が、視覚、聴覚、触覚(体感)すべてに訴えかけ、参加者全員に、見る、聞く、動く(書く、移動する)、しゃべる、復習するという機会が与えられていからだと思われる。
人の記憶の定着率は、書いたものを読むだけなら10%、講義を聞いた場合は、20%、図表を見ると30%になるというのが通説だが、Visual Language( Global Communication for the 21st Century by Robert E. Horn)という本では、ビジュアル、グラフィック言語を使用すると65%の被験者が見たものを記憶し、使用しなかった場合に比べ、問題解決能力と決断力が上昇すると述べられている。学習内容の復習は、一週間後の記憶定着率を83%(2ヵ月後は70%)にあげるが、しなかった場合は、33%(2ヶ月後は14%)になるという報告もあり、復習の重要性も見逃せない。

ワークショップの初めに、全体の流れを前置きしておくことも大切だ。時間にすれば、数分足らずの概略説明が、漠然としていた参加者の脳に、全体を俯瞰する地図を作り、情報を伝達しやすくしてくれる。
さしあたって、私のワークショップの場合は、「今日のテーマは、英語で自己PRです。日本とは違う文化圏で、母語でない言語を使い、自分のいいたいことを表現するのは、簡単なことではありません。そこで、今日は、自信を持って自己PRできるようになるために、まず、ご自身の現状を把握していただき、何が問題なのかを見極めて、円滑なコミュニケーションがとれるように、自分にあった改善策を身につけていただこうと思います」といったところだろう。

講演であれ、執筆であれ、起承転結がはっきりしていると、話がわかりやすくなる。起:現状把握、承:問題点の明確化、転:円滑なコミュニケーションのための情報提供、結;改善策の習得という具合にである。
全体の流れが決まったら、今度は、それぞれの章で語るポイントを決めていく。
現状把握:1)PR、2)自己評価、3)PRに関する情報提供。
問題点の明確化:1)思いどうりにいかない理由の考察、2)原因の解説、3)アサーション(assertion)テストの実施。
円滑なコミュニケーションのための情報提供:1)誰が、何を、どこで、いつ、なぜ、どうしたか(Who, What, Where, When, why, How)を枠組みに使う、2)視覚、聴覚、触覚(体感)タイプ分析テストの実施、3)新しいPRの作成。
改善策の習得:1)イメージトレーニングの解説、2)練習、3)暗示を使った自信の定着。

最後に、クラス評価の紙を配り、「ワークショップの中で、何が一番、役に立ちましたか? 」、「 ワークショップで得た情報を今後、どのように役立てたいですか? 」、「コメント・ご意見・ご感想をどうぞ」という質問をして、全員に体験を振り返ってもらう。
ワークショップの出来不出来は、練習量で決まるといわれるが、私は、それにも増して、講師のテーマに対する情熱度が、結果を大きく左右すると思っている。伝えたい、知ってもらいたいという気持ちが、聞くものを感動させるのだ。
私が、これまで開催したワークショップの中で、一番印象に残っているのは、東京にいたころ、高校生を対象にして行ったものである。50分の授業で、タイをベースに行っていたジャーナリスト活動の体験を語り、放課後を利用して、「あなただって輝ける!」と題した自己啓発ワークショップを開催した。生徒と自分のエネルギーが交じり合い、教室が盛り上がっていく感動は忘れがたく、結局、渡米するまで、5年以上も続けさせてもらった。今も、月一回のペースで、「未来世創造ワークショップ」を開催したり、お呼びがかかると、はせ参じるのは、高校生と共有したあの瞬間の醍醐味が、忘れられないからかもしれない。
「体験は、金」。これからも、いろいろなアイディアを考えて、人の役にたつワークショップを作っていきたいものである。

 

「何とかなる、何とかできる自分がいる」北加日本商工会議所掲載 2006年10月

出発を目前に、シカゴ行きの搭乗券が印刷できず四苦八苦していたとき、私は、もう二度と学会発表なんかするものかと思った。ハンドアウトを校正するたび、プリンターのインクは減るし、万一に備えてオーバーヘッドプロジェクター用のスライドを作れば出費が嵩む。航空券にホテル代、せめて、プレゼンテーションが、継続学習のクレジットになるならまだしも、身銭をきるにもほどがあると思ったからだ。
まったく、何のためにこんなことをしているのだろう。発表が決まってからの半年間、何度そう思ったことだろう。だが、そう思いながらも、私は、当日に備えて構想を練り、何度も推敲を重ねて万全を期した。選ばれたからには責任があるという気持ちと今回の発表は必ず自分のためになるという確信が心のどこかにあったからである。
飛行機は、定刻どうり、サンフランシスコを飛び立った。眼下に広がる広大な大地は、私が初めてアメリカを訪れた日と同じ様相を呈していた。だが、その大地を見つめる私は、アメリカという国のスケールに圧倒された20年前の自分でもなければ、東京でしていたことをアメリカで出来る日がくるのだろうかと途方に暮れた10年前の自分でもなかった。今の私は、アメリカの大学院でマスターを習得し、アメリカの大学で働いた経験を元に、自分の考えを大勢のPhDが集まる世界大会で伝えるという目的を持ってシカゴへ向かう全米認定カウンセラーだ。ああ、そうだったのか。このためだったのか。こみ上げてくる感動を意識した瞬間、私の中にあった「何のために」というわだかまりが消えていった。
中学生のころ、英語教師でもあった担任から、英語に対する努力不足を指摘され、転校を示唆されたことがある私にとって、在米日本人学生が、就職面接の際、なぜ舞い上がって失敗するのかという原因を考察し、解決策を提示する今回の発表は、格別な意味をもっていた。英語の構文を丸暗記した高校時代を経て、洋書を読まされ、歯が立たないことに愕然とした大学時代、タイが好きでタイ語を独学、3ヶ月でしゃべれるようになり、言葉は、伝達の手段であり目的ではないと確信した20代前半、タイで知り合い婚約したアメリカ人と泣きながら英語の辞書を叩いてケンカした20代後半、外国人に日本語を教え、日本語の特徴を客観的に把握した30代前半、大学院の勉強を続けるために必要なエッセーテストに何度も失敗し、英語を書くときは、日本語で考えてはいけないということを学んだ30代後半と、今回の発表は、自らの体験を振り返り、試行錯誤の末に得た私なりの結論を世に問うに等しかったのだ。
発表会場は、暖かいオレンジの照明が施されたこじんまりとした部屋だった。係りの人が、手際よくPCをプロジェクターにつないでくれると、半年がかりで練り上げた私のプレゼンテーションが、大きくスクリーンに映し出される。参加者を目の前にすると、昂揚感が湧き上がり、しゃべりだして数分もたたないうちに、伝えたいことが口からどんどん滑り出た。質疑応答が始まるころには、情熱全開となり、持ち時間がまたたく間に過ぎていった。発表の評価は、優(Excellent)、達成感は上々だった。
その日の夜、学会が開催されたシカゴのホテルで、私は、まどろみながら、中学校時代の自分の姿を思い浮かべた。首から提げた銀色の十字架をもてあそびながら、黒ぶちめがねの向こうの冷ややかな目で私を見据える英語教師の前で、息も出来ないほどの恐怖を感じ、青ざめている少女の姿である。私は、この少女をこれまでに、何度か慰めたことがある。「今は、絶体絶命と感じているかもしれない。でもね。あなたは、大きくなったら、あなたしか知らないことを英語で人に教えられるようになるのよ」と。そのたび、少女は、涙ぐんだ瞳で私を見あげ、半信半疑の顔をした。だが、その日の少女は、違った。すっと立ち上がると、フィナーレの挨拶をする役者のようにスポットライトの下に進み出て、深々とお辞儀をしたのである。ああ、終わったという感慨が、胸いっぱいに広がる。私は、「ありがとう」と心の中でつぶやいた。
人生を彩るすべての体験は、自分を鍛え、知恵と勇気を育むバネになる。サンフランシスコに戻ってから日がたつにつれ、私は、そんな確信を抱くようになっている。自分の人生は自分のためにあるのだから、たとえ何年、何十年かかろうと、気になる課題があれば避けて通らず、じっくり取り組む方がいい。そのプロセスが、人生を豊かにし、なんとかなる、何とかできる自分がいるという自信を育むことにつながるからである。
今回の学会発表をきっかけに、私は、何とかしなくちゃという焦燥感を感じることがなくなった。以前は、ボールを投げられると、とにかく受け取り走りだすようなところがあったので、目の前に、試練の山が現れると夢中で登り、やれやれやっと頂上だと思うまもなく、また次の山が現れて、息つく暇もないと感じることが多々あった。だが、今の私は、小高い丘の上から、どこまでも広がる平原を見渡すような気持ちで、これからのことを考えている。やりたいことが、やりたいときにできるようになるというのは、なんともありがたい話である。

 

「面接は自分を知って語ること(4)・・アメリカ式インタビュー必勝法」 北加日本商工会議所掲載 2006年7/8月

面接で舞い上がらないためには、周到な準備が不可欠だ。雇用先の特徴を把握しておくのはもちろんのこと、自分がどんな特長やスキルを持っていて、雇用先にどのような貢献ができると思っているのかも、明確にしておく必要がある。英語が母語でないことやマイノリティーであることは決して弱点ではない。だからこそわかること、できることがたくさんあるからだ。それをどんな風に表現するか。バイカルチャーであることをアピールする方法と併せて、事前に対策を練っておきたいテーマである。
面接の成功率をあげるために、具体的にどんなことをすればいいのか。母語、人種を問わずどの学生にも有効で、とりわけ、日本人の学生に効果がある方法を挙げておこう。
1)考える練習をする。
日本語には、曖昧表現が多い。角が立たない物言いが尊重され、それでも、なんとなく理解し合える言語を使い慣れていると、いざ、物事を突き詰めて考えようとしても、なかなかできないものである。先日、アメリカの中学校の教室を訪れたら、「音読のメリットは?」という質問の下に、13も答えが列記してあるのを見て驚いた。「声に出して読みましょう」といわれたら、何の疑いも持たず、そうしていた自分の中学生時代を振り返るにつけ、日本とアメリカの教育のしかたの違いを改めて痛感させられた。子供のころから、突き詰めて考える練習をしている英語民族と互角に英語で自分を表現するためには、意識的な努力が必要だ。脆弱になっている論理的思考回路を強化開発するのである。
手始めとして、面接用の模擬質問に答える練習をする。模擬質問は、大学のキャリアセンターに置いてあるし、interview, sample questionsといったキーワードで検索すれば、適当な質問を入手することができる。この連載の3回目にも紹介した「ご自身についてお話ください」、「当社を希望される理由を説明してください」、「あなたの3年後、5年後の達成目標をお聞かせください」といった質問に答える練習は、思考を明確にする役に立つ。
2)実績を言語化する。
履歴書を何通送ってもなしのつぶて、やっと面接にこぎつけても、二次面接には呼ばれないといった経験を繰り返していると、どんな人でも、気持ちが萎えてくる。そうならないためにも、初めての面接で緊張し通しにならないためにも、自分がどういう風にして今、ここに在るのかをじっくりと振り返ってみるのは、いいことだ。
日本では、謙譲の美徳という言葉があるくらいで、自分の業績を自ら吹聴することはまずない。うかつに年長者を褒めれば、驕っていると思われかねないし、「素晴らしいですね」といわれれば、「ありがとう」の代わりに、「いやいや」と応えるのが常である。それはそれで、何事も控えめをよしとする一つの文化なのだが、脳には、そんな判断がつかないので、「いやいや」という否定的な言葉を記憶し、「この程度では、まだまだだ」という反応を引き起こす。これでは、自負心が育たない。
自分の実績を客観的に把握できるのは、一つの能力である。好きなこと、得意なことは、すらすらできるから、特筆に価するという認識がもちにくい。苦労したときより、印象も薄いので、その分、忘れる率が高くなる。傍から見れば、立派な経歴や突出したスキルがあるのに、人から指摘されるまで気づかない人が多いのは、このためだ。
初めてアメリカの土地を踏んだとき、何を思ったか、母語でない英語で専門知識を学ぶ自分をどう思うか、そんなことをつらつら思い出せば、自分でも、よくやったなあという吐息が漏れるに違いない。自分の歩みを振り返り、ただ漠然と、いろいろあったなあと思うのではなく、そのときどきのエピソードを肯定形のみを使って言語化してみる。内側から、確固たる自信が満ちてくる。
3)イメージする。(Visualization)
母語ではない英語で面接を受けるのだから、緊張するのは、当然だ。一朝一夕に英語がぺらぺらになることもないので、もどかしさを感じ、途方に暮れることもあるだろう。そんなときこそ、面接で成功している自分の姿を思い描いてみる。イメージを見る右脳を駆使すれば、英語で酷使されている左脳を休ませることも出来るので、一石二鳥というものだ。
イメージの世界は、自由自在。望みどうりに変えられる。ドアをノックする自分の姿を思い浮かべて、思わず肩に力が入ったら、すかさず、ハアーと深呼吸。プロフェッショナルな自分が、自信に満ちた表情で、居並ぶアメリカ人面接官の前に座る。ここで再び、深呼吸。アメリカ人の視線は、日本人にとって、凝視されているような居心地の悪さを感じさせることがあるが、アイコンタクトは、やる気を見せる重要なポイントだ。そこで、面接官の目を見て、笑みを含んだまなざしを返す自分を思い浮かべて、深呼吸。何度も深呼吸するのは、副交感神経を優位にして、体をリラックスさせ、同じ状況が起きたときに、リラックスした状態を瞬時に再現できるようにするためである。不安障害や恐怖症の改善に効果があるsystematic desensitization のテクニックを応用するというわけだ。うまくやっている自分の姿を何度も、何度も思い浮かべているうち、実感が伴ってくればしめたもの。脳が、イメージを実体験として記憶し、定着させた証拠だ。脳に定着した記憶は、容易に再現できるようになる。本番前に、イメージ法。好ましい現実を手軽に作り出す確実な方法だ。
4)特長を書く。
じっくり考えた模擬質問の答えは、覚書の要領で、箇条書きにしておく。メモは、一枚以内とし、必ず、英語で記入する。準備の段階から、頭を英語モードにセットしておくためである。印象付けたい自分の特長、話題にしたいエピソードも、答えの下に書き加えておくと、模擬質問になかった咄嗟の質問にも、余裕を持って答えられる。間違っても、英作文を作って、暗記しようとしないことだ。本番で、文章を思い出すことに気をとられ、心ここに在らずとなっては元も子もない。面接会場へ入る前に、メモをざっと一瞥すること。短期的ながら、書いてある内容を写真に撮ったように脳裏に焼きつけることができる。メモは、折りたたんで、スーツのポケットにしのばせておけば、お守り替りにもなって心強いというものだ。
私は、一生懸命、就職活動をしている日本人の学生に、この方法を伝授する。必ず、効果が挙がるという確信があるからだ。素晴らしい素養を持ちながら、面接能力が未熟なために、更なる経験を積むチャンスをつかめないというのは、なんとも、もったいない話である。転んでも、ただでは起きない。諦めない。英語を気にして、自意識過剰になる日本人の学生は、同時に、几帳面で、約束を厳守し、他人と協調できるという特長を持っている。自己主張の国アメリカで、ぜひ、そんな日本人のよさを存分に発揮してもらいたいものである。

 

「面接は自分を知って語ること(4)・・アメリカvs日本 これだけ違う面接の中味」 北加日本商工会議所掲載 2006年6月

アメリカの大学や大学院で勉強する留学生は、約56万5000人いる。(2004/05年度、国際教育に関する研究を行う非営利団体Institute of International Education (IIE)の年次報告書Open Doorの調べ)出身国別にみると、インド、中国、韓国、日本、カナダが、全体の47%を占めている。日本からの留学生は、4万2千215人。前年比3%増しで、9/11以降、顕著になっていた減少傾向に歯止めがかかった様相だ。ちなみに、日本人の学生は、カリフォルニア州、ニューヨーク州、ワシントン州、マサチューセッツ州、オレゴン州の5つの州に、全体の53%が集中している。
アメリカで高等教育を受ける日本人が飛躍的に増えたのは、1985年(1万3千360人)から、1991年(4万7千人)にかけて。年間4万人の大台に乗ってからも、毎年、千人単位で増え続け、97年には、史上最高の4万9千73人を記録した。
こうした動向の背景となったのが、85年のプラザ合意をきっかけにはじまったバブル経済と円の急騰だ。
バブル経済は、これまで絶対であった日本の「枠組み」を根底から揺すぶる歴史的な現象だった。バブル以降の景気の低迷は、企業に大幅な構造改革を強い、その結果、日本従来の雇用制度であった終身雇用制が崩壊。年功序列型賃金制度が見直され、能力主義が取り入れられるようになる。いい大学に入り、いい企業に就職して、定年まで大過なくすごすという常道が、常道でなくなり、新卒者は、「就社」ではなく、自分の適正にあった「業種」を選ぶ姿勢が必要になった。
10年に及ぶ変化の波は、人々の価値観にも大きな影響を与えた。終身雇用制の会社で、「長いものには巻かれろ」を保身の信条にしていた人の多くが、これからは、自分の足で立つ時代だという認識を持ちはじめ、その風潮を反映して「自分探し」という言葉が、流行する。自分が何をしたいのかわからない、何をやっても自信が持てないという自意識過剰の袋小路に迷い込んだ若者は、ニートと呼ばれ、社会問題の一つになった。(NEET:Not in Employment, Education or Training) 職にも就かず、学校機関にも所属せず、就労に向けての努力もしないニートは、労働人口の約1%を占め、現在、64万人に上るといわれる。(2004年推計値、労働経済白書Ministry of health, labor and welfare)
その一方で、変化をチャンスと捉え、国際ビジネスの現場で活躍する人、IT関連部門で起業する人など、頭角を現す者が増加。アメリカで勉強に励む学生も、明確な目的意識を持ち、専門知識の習得に余念がない。
かつては、「出る杭は打たれる」で、帰国した留学生を受け入れようとしなかった日本の企業も、多様性の大切さを認識し、留学生の採用を積極的に行うようになってきた。海外大生のための就職情報サイトhttp://kaigai.rikunabi.com/index.htmlが立ち上げられ、春と秋には、全米各地で、大掛かりな就職フェアが開催されている。
卒業間近の学生たちは、こうした日本の変化を視野に入れながら、就職活動を進めている。専攻分野に関連ある職場で1年間働けるOPT(Optional Practical Training)を利用して、アメリカ社会での実体験を積む道を追及しながら、日本企業就職という選択肢も確保する。どちらか一つの国に的を絞って、就職活動に専念している学生に比べれば、二倍、あるいはそれ以上の努力を払っているというわけだ。
なぜ、二倍以上の努力が必要なのかというと、日本とアメリカの面接のあり方が、まったく違うからである。
まず、提出する履歴書が違う。英語はタイプ打ち、日本語は手書き。英語の履歴書が、本人のスキルを際立たせることを最優先するのに対し、日本語の履歴書では、アメリカで差別の原因になるとして嫌われる写真、年齢、趣味、家族構成などが問われ、実績よりも、どこで働いたかという経歴の方が重視される。
「型」も違う。英語の面接では、会話の一部として身振り手振り、視線などのbody languageが多用されるが、日本語の面接では、美しいお辞儀と、両手をひざの上におき、相手の話を傾聴する姿勢が尊重される。
そして、質疑応答のしかたも違う。英語の場合、自分の能力を完全に把握して、それを堂々と表現することが求められ、希望する企業に対する積極的な質問も、どれだけ企業について下調べしてきたかを示す重要なポイントとして捉えられる。一方、日本語の面接では、落ち着きのある雰囲気や第一印象が大切にされ、本人の実績や会社に対する質問は、形式に終わることが多い。
同じ「面接」体験の中身がこれだけ違えば、違和感を感じる学生がいても、不思議はない。
この違和感は、どうすれば払拭できるのか。なりきればいいのだ。鎧兜をつけているときは、武士道に徹し、テニスシューズをはいたときには、広いコートを縦横無尽に走り回る覇気を持つ。日本人である自分とアメリカで教育を受けた自分が、「板につく」につれ、日本語環境なら日本語で考え、英語環境では英語で考られるようになっていく。二つ以上の言語を使い分けられる人間は、言葉が反映する文化の違いに気づく率が高いので、自ずと、発想が豊かになる。他の人が思いつかないことを指摘できるモルタイカルチュラルな人間は、アメリカだけでなく、世界に通用する貴重な人材だ

 

「面接は自分を知って語ること(3)・・アメリカ人面接官の質問の真意を知る」  北加日本商工会議所掲載 2006年5月

面接で緊張するのは、とても自然なことである。ある程度の緊張感は、むしろ、よい結果を生むという報告もあるくらいだ。だが、腰が萎えるほど緊張してしまってのでは元も子もない。そこで、私は、ヘビに睨まれたカエルのような心境に陥っている日本人の学生に、アメリカの就職面接は、一種のお見合いみたいなものだと説明する。面接官は、目の前の求職者が、チームの一員として相応しい人物かどうか見極めようとするし、求職者は、自分の将来を託してもいい職場かどうか、面接官の態度をみながらチェックする。相手がこちらを見るように、こちらも相手をしっかり見つめる。立場は対等。緊張するのは、どちらも同じ。面接は、一方的に行われるものではなく、お互いがお互いをよく知るために設けられたチャンスなのである。
そんなアメリカの就職面接で、必ずといっていいほど問われる質問がある。
1)「ご自身についてお話ください。(Tell me about yourself?)」、2)「当社を希望される理由を説明してください。(Why did you select our company? )」、3)「あなたの3年後、5年後の達成目標をお聞かせください。(What are your goals and aspirations for the next three years? Five years? 」
これらの質問を投げ掛けられて、よどみなく即答できれば、面接は、概ね成功といえる。模擬面接で、たまに、出生地、年齢、家族構成、過去の職歴、移住の経緯などに触れる学生がいるが、面接官が聞きたいのは、目の前の求職者が、企業にとって、有益な人材であるかどうかを判断するための情報だけである。その人の人生観でもなければ、ライフスタイルでもない。その証拠に、就職面接で、年齢、婚姻状況(未婚、既婚、離婚)、性的嗜好(ゲイ、レズビアン、トランスベスタイズなど)、身体障害の有無など、ポジションに関係のない質問をすることは、法律で禁じられている。
質問の意図をしっかりと認識して、周到な準備を行えば、のっけから躓くことはない。
1)の質問は、求職者自身が、自分のスキルをどのように把握しているかを問うものだ。自分の特長を簡潔にまとめて言える表現力とそれをわかりやすく相手に伝えるコミュニケーション能力が、同時に、測られているといっていい。
2)の質問は、これから働くことになるかもしれない職場のことをどれだけ知っているか問うものだ。本気で働く気があるなら、有名だからとか、社屋がきれいだからといった表面的ではない答えを持っているはずである。
3)の質問は、求職者がどのようにキャリアゴールを設定し、それを達成するために、求人ポジションをどう生かそうとしているかを問うものだ。定職率を予測する意味も含まれている。
こうした質問が、アメリカの就職面接で常用されるのは、アメリカに個人のキャリア上昇志向が定着しているからである。終身雇用制が終焉して久しいアメリカでは、勤続年数が長いからといって、自動的に昇進、昇給したり、年金が増加するといったメリットがない。年間査定の結果が悪ければ、容赦なく解雇される。勢い、個人は、自分のスキルに磨きを掛けて、解雇の嵐に吹き飛ばされないように自衛する。5年、10年と仕事の経験を積んでから、大学院に入り、さらなる実力を身につけて、自分の可能性をもっと伸ばせる分野に進出していく人も珍しくない。
そのせいもあって、アメリカの職場は、日本に比べると、格段の差で、人の入れ替わりが激しい。労働省の発表によると、ベビーブーマー(1957〜1964年生まれ)が、18歳から38歳までの間に従事した仕事の平均数は、10.2。(20%が15以上、16%が0〜4)男女ともに、30代半ばよりも、20代初めの方が、従事する仕事の数が多くなっている。
必然、雇用者側も、いかにして、有能な人材を確保し、その定職率を向上させるかに、躍起となる。有能な人間は、往々にして、人一倍キャリア上昇志向が強いうえ、同業他社の引き抜きターゲットにもなりやすい。だから、企業は、実力のある者を高く評価し、昇進、昇給、ボーナスの支給など、その能力に見合った報酬を惜しまない。それだけ優遇しても、なお、引き止めたい人材が、留まるとは限らないのが現実だ。
有能な人材を惹きつけるためには、企業も魅力的でなければならない。常に新しい企画を考え、知名度を上げ、社外に将来性をアピールするとともに、社内では、職場環境の改善を怠らない努力が要求される。
採用にあたっては、当然のことながら、人材開発にかかる費用を十分回収できる見込みがある人物にしか、オファーを出さない。だから、採用通知を受け取る人より、梨の礫(なしのつぶて)を経験する人の方が遥かに多くなるのは、当然なのだ。英語がどの程度できるか、新卒であるか、中途であるか、30代か、60代かに関わらず、梨の礫は、誰もが体験するアメリカ面接事情の一コマといえるのだ。
アメリカの就職面接にコツがあるとするならば、満足のいく回答ができなかったときに、すばやく体制を立て直し、いつまでも引きずらないことである。
1)面接が一通り終わり「質問は?」と問われたとき、2)退席する際、力強く交わす握手の瞬間、3)面接が終わったその日のうちに担当者へ送る簡潔な「Thank you note」、4)面接の後日行うフォローアップコール、あるいはメモなど、挽回するチャンスは、たくさんある。
ベストを尽くしたにもかかわらず、不採用となったときは、担当者にその理由を問うてみるといい。「こちらが探している人材と貴殿の特長が一致しなかったから」という短い返事が戻ってくるだけかもしれないが、それでも、自分自身に問題があるわけではないのだという慰めと、今度は、自分がぴったりはまるところを探そうという前向きな気持ちが得られるので、問うてみるだけの価値はある。
場数を踏めば、コツが掴める。一回一回の体験を糧にして、粘り強く続ければ、必ず、どこかに就職できるのがアメリカだ。面接能力は、習得しまえば、一生ものの財産になる。

 

「面接は自分を知って語ること(2) ・・日本人が面接ベタになる背景」    北加日本商工会議所掲載 2006年4月 

外国語を学ぶのは、楽しいことだ。異国に住む人々との交流を促し、言葉が反映する文化や価値観の違いを垣間見る悦びを味あわせてくれる。もっと知りたい、もっと見たい。その欲求が、学習の動機となれば、人は、外国語を無理なく、楽しく習得できる。
だが、こと英語になると、日本にいる限り、楽しいから学ぶなどという悠長なことは言っていられなくなる。英語は、大学入試の必須科目であり、学習の成果は、実用できるかどうかではなく、試験の点数で測られる。英語の成績次第で、将来を左右する大学受験の結果が決まるとなれば、学習の目的は、おのずと試験でいい点を取ることになり、英語を使って何をしたいのかという最も重要な動機付けが、希薄になる。
日本は、外国語イコール英語と考える社会だ。本屋をのぞけば、英語関係の学習教材や書籍があふれ、通勤・通学電車に乗り込めば、英語学校や英語習得を目的とした海外留学の広告が、否応なく目に入る。2002年には、「英語が使える日本人」の育成のための戦力構想を文部科学大臣が発表。カリュキュラムの見直しが行われ、英語力増強プランも打ち出された。子供たちは、「国際人」となることが期待され、英語は、義務教育の一環として、私立校では幼稚園から、公立校では、小学校、または中学校から開始される。週4〜7時間という膨大な時間が、英語の学習に費やされるのだ。
そんな学習環境は、「英語は出来て当たり前、出来なかったら恥ずかしい」という失敗や間違いを恐れる風潮を生み出す。英語学習者は、自意識を刺激され、知らず知らずのうちに、「この程度では、できたうちに入らない」という厳しいハードルを内在化していく。ハードルは、周囲の期待に応じて設定されるので、往々にして自分の実力より、はるかに高い。そのため、何年も英語の勉強を続けている人が、「一からやり直さなければ」と言いいだしたりすることもしばしば。「英語ができます」と、自信をもって言える日本人が、ことのほか、少ないのも、このためだ。
そんな日本の土壌で育まれた自意識は、「本場アメリカ」で、英語が試される面接時に、ピークを極める。居並ぶ面接官を前に、日本人の学生は、自分の英語がどう評価されるか、言いたいことがうまくいえるかという不安と緊張の固まりになってしまうのだ。日本人の学生が、質問しないという現象も、実は、この自意識過剰に根ざしている部分が大きい。アメリカの面接で、相手を上座に置き、謙譲の美徳を発揮する必要がないことは、日本人の学生もちゃんと知っている。それでも、質問が口をついて出ないのは、「こんなことを聞いたら、なんと思われるだろうか」、「間違っていたら恥ずかしい」、「こんな質問、わかっているのが当たり前に違いない」という自己検閲が、頭の中で瞬時に起こり、言葉を抑圧してしまうからである。
言葉が出なければ、視線でカバーするという手もある。思いを込めてじっと相手の目を見れば、それが恋愛の相手でなくとも、結構、意思は通じるものだ。だが、日本人の学生は、往々にして、面接官と目を合わせようとしない。合わせたくても、合わせている暇がないからだ。
この要因となっているのが、文字から入るという特徴を持つ日本の英語教育法である。外国との交流が文書中心に行われていた時代の名残りなのか、日本では、まず、大文字小文字のABCを覚え、次に単語、その次に構文の順で暗記するのが、学習の主軸になっている。もちろん、時代に即したコミュニケーションの重要性は十分に認識されており、盛んな議論が行われるとともに、聴解力を育成するための学習方法も、次々と現場に導入されている。保護者は、子供が、「話しかけに応答できる程度の日常会話」を身につける事を望んでいるという調査結果もあり、いずれは、日本の英語教育が、1)聞く、2)しゃべる、3)読む、4)書くという自然の流れに沿った形になる日がくるかもしれない。
とはいえ、それは先の話で、文字中心教育の影響を受けて大きくなった学生は、依然として、無意識のうちに、耳→目→口という一手間かけた経路で情報処理を行ってしまう。英語を聞くと、反射的に、わかる単語を拾い、頭の中で、意味を直訳。それから、自分が言わんとする答えを考え、単語を思い出し、構文を作って、文法に間違いがないかチェックしてから口に出すのだ。記憶の辞書をめくるたび、視線は、天空に貼り付け。言うべきことを言って、ふと面接官の顔を見れば、怪訝な視線。「まずい」という場の雰囲気を察知するのは、日本人の得意とするところなので、ますます緊張に拍車がかかり、視線を交わすどころか、すべてのBody languageを放棄せざるを得なくなるというわけだ。
たとえ理屈がわかっても、一朝一夕には変えられない。日本人の鎧兜は、かようにしぶといものなのである。
(次号に続く)

 

「面接は自分を知って語ること」 北加日本商工会議所掲載 2006年3月

7月に、シカゴで開催されるキャリア開発協会の学会で発表することになった。テーマは、日本人学生の面接能力向上だ。(英文タイトルは、Cultural insights for improving interview skills of Japanese students in the U.S.)大学のキャリアセンターでカウンセリングをしている際、日本人の学生が、他の国の学生と違う反応をすることに気づいたのがきっかけだった。
アメリカ式インタビューに不案内なのは、母語、国籍を問わず、どの学生も、同じようなものである。だから、キャリアカウンセラーが、指導に当たるのであるが、模擬面接を勧めたときの反応が、まず、違う。「それは素晴らしいチャンスだ!」と喜ぶ他国の学生がいる一方で、たいていの日本人学生は、困惑の表情を浮かべる。ビデオカメラを設置するので空テープをもってきてくださいとか、服装も評価の対象になるのできちんとした格好で来てくださいというと、とにかく怖気づいてしまうのだ。そこで、カウンセラーが、ビデオを見れば、自分では気づかない表情や話し方を客観的に見て修正することができるし、服装を事前に点検してもらえば、当日、とんでもない格好をしていって顰蹙を買うこともないと模擬面接の利点を説明。さらに、練習すると結果が格段によくなることを強調すると、硬直していた体がやっとほぐれて、模擬面接の予約を入れる。
ところが、いざ模擬面接をしてみると、今度は、見ている方が辛くなるほど、緊張する。手を握り締め、額がじっとり汗ばむか、そうでなければ、青ざめる。いすの腰掛け方も浅く、今にも、逃げ出しそうな雰囲気だ。視線は、考え込むたび、あっちへさまよい、こっちへさまよい。これでは、せっかく実力があっても、それを的確に表現できないために、大損をしてしまう。他の国の学生は、20歳そこそこでたいした経験がなくても、堂々としており、言いたいことが多すぎて、早口になることはあっても、いすに深々と腰掛け、面接時に足を組む余裕さえみせているというのにだ。
この差はいったいどこから来るのだろか。そう思いながら、日本人学生の模擬面接を実施するうち、日本人の学生に共通する特徴が見えてきた。
1)自分の英語を異常に気にする。2)質問をしない。3)言語以外の伝達手段を使わない。
日本人の学生は、渡米してもなお、「日本」という鎧兜の中にいる。「英語くらいできないと」、「出る杭は打たれる」、「長いものには巻かれろ」、そんな日本社会の暗黙の価値観を無意識のうちに骨身にしみ込ませ、身動きできなくなっているのである。
この話を同僚のアメリカ人カウンセラーにしたら、大いに興味を示された。アジアにはアジアの文化があると知っている彼らも、中国人や韓国人にはない特徴を日本人の学生だけが共有していることまでは気がつかない。たとえ気がついたとしても、「私」中心に物事を考え、「私」の疑問を晴らすために質問し、発言するのが第二の天性となっている英語民族である彼らには、日本人の学生がなぜ、質問しないでいられるのか、解明する術がない。
なす術がないのは、日本人の学生も同じである。人間は、日常の行動や思考の大半を過去に学習したことの自動的繰り返しで行っているため、相当な訓練を積まない限り、自分の行動や思考のパターンを客観的に把握することができない。だから、当事者であっても、どうして自分が面接時に舞い上がってしまうのか、言いたいことが十分の一も言えないのはなぜなのかが、わからない。原因がわからなければ、解決の対策もたてようがないというものだ。
模擬面接が終わると、カウンセラーは、どの学生に対しても、全体的な印象を語り、握手のしかた、視線の合わせ方、しゃべる速度、受け答えのしかたなど、面接の基本を学生とともに確認する。「Good Luck!」というカウンセラーの言葉を合図に、セッションは終了となるのだが、このとき、日本人であるカウンセラーの私が、日本語で話しかけると、日本人の学生は、まず一人の例外もなく、吸い寄せられるように、立ち上がりかけた腰を椅子に戻す。
アメリカ人のカウンセラーは、私が、日本の事情を説明すると、初めて耳にする話題に、大いに感動、もっと、話を聞きたがる。そして、日本人の学生は、私が、アメリカの事情を説明すると、目からうろこが落ちたように、表情を輝かせ、何度も何度も大きくうなずく。
自ら日本で育ち、渡米10年、アメリカの事情にも明るくなってきた私がしゃべる内容は、どちらかしか知らない人間にとって、全体像を見る格好のチャンスになるらしい。
(次号に続く)

 

日本経済新聞 生活ライフプラン「米国キャリアカウンセリング事情」
資格認定、米で広がる。キャリアカウンセラー/修士課程対象 、 実習2年。質の向上に貢献 2004年8月18日

「人事部戦略の立て方」、「社会貢献という視点を持つ」、「天職を追求するために」――。配られたプログラムには百以上の講座紹介が並び、大広間の展示ブースの前では、カウンセラー、教育関係者など約千人の参加者が最新情報の収集に余念がない。7月上旬、全米キャリア開発協会(NCDA)がサンフランシスコで開いた恒例の全国大会のひとこまだ。NCDAは、キャリア開発促進を目標に1985年に設立された団体で、情報の質の向上、調査研究の支援などを行っている。
米国では、1970年代に長い職業人生の中で、自分の能力を開発できるキャリアを育もうという考え方が広まり、企業や教育機関で個人の相談にのるカウンセラーの活動が盛んになった。
一言にカウンセラーといっても、キャリア、スクール、カレッジ、リハビリテーションなど、扱う分野が異なる。その質を高め、水準を保もとうと、82年、全米認定カウンセラー協会が設立され、カウンセリング修士号を持った者を対象に全米認定試験を実施するようになった。認定証の有効期間は5年間。認定更新の査定を受けるためには、継続学習を証明する書類の提出が必要。継続学習の機会は、冒頭の大会をはじめ全国規模の学科、テーマを絞った分科会、同業種の勉強会や地域別会合など非常に多い。
全米認定カウンセラーは、3万7,360人おり、うち7%が、キャリア関連問題を専門に扱うキャリアカウンセラーとして活躍している。日本の産業カウンセラーと違い、活動の現場は企業、行政、教育機関、非営利団体、開業など幅広い。協会の調査によると、約7割が女性。年齢的には、30代後半から50代が目立つ。弁護士や人事、教育関連の仕事をしていた人が、大学院に戻って専門性を磨き、それぞれの特性を生かしたカウンセリングに取り組んでいるケースが多いからだ。
今のところ、認定試験は、自発的に受けるもので、試験に合格しなくても、修士号を持っていれば、カウンセラーとして働くことができるが、カリフォルニア州をはじめとする多くの州が、全米認定カウンセラーの資格を持つものを対象にしたレジスタープロフェッショナルカウンセラーの登録を推奨しており、認定資格がライセンス化されるのも時間の問題となっている。
日本でも厚生労働省が、2002年度から5年間で5万人のキャリアコンサルタントを育成する目標を掲げている。必要な能力の目安や養成カリュキュラムのモデルを示してはいるが統一資格はなく、民間企業がキャリアコンサルタント、キャリアカウンセラーなどの名称で独自に講座を開き、資格を与えている。質の向上は、今後の課題だ。
アメリカのカウンセリング学部修士課程では、専門分野の勉強、インターンシップとそれに伴う討論の授業を受ける。鬱病や強迫神経症などの精神疾患にともなう心の病、家族、夫婦の問題などは、マリッジファミリーセラピスト(MFT)の専門分野となるが、学科では、日本の心理カウンセラーが扱うテーマをすべて網羅。インターンシップ先では、スーパーバイザーと週一回の面談が義務付けられていることをのぞけば、専任のカウンセラーとほとんど変わらない仕事が要求される。キャリア専攻の学生だった私のインターンシップ先は、一年目が、低所得者を対象とした非営利団体、二年目が、私立大学のキャリアセンターであった。大学のキャリアセンターでは、学生が、意欲的な人材を求めるアメリカの企業に、自分の能力を最大限にアピールできるようサポート。履歴書やカバーレターの添削をはじめ、親の意志で進路を決めたが面白くないので専攻を変えたいといった学生の相談にも乗った。
キャリアカウンセリングは、企業の生産性をあげ、本人の働く満足度をあげるのが目標だ。企業は、低コスト、短期間で効果的に結果を出そうとする。そのため社員のキャリア開発、管理職の指導力向上、ストレスマネジメントなどのほかに、社員の特性を最大限に発揮できる職場の環境作り、中堅社員の定着率向上にも、キャリアカウンセラーを利用している。実力のある社員が転職すれば、人材補充に年収の70%−200%近い費用がかかるうえ、補充期間前後の生産性の低下、転職者と共に顧客が流出する可能性もでてくるからだ。転職や再就職など雇用の流動化が進んだ社会では、高度な知識とスキルをもったキャリアカウンセラーの存在が欠かせなくなっている。

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「ワークショップの作り方」 北加日本商工会議所掲載  2006年9月

「何とかなる、何とかできる自分がいる」北加日本商工会議所掲載 2006年10月

「面接は自分を知って語ること(4)・・アメリカ式インタビュー必勝法」 北加日本商工会議所掲載 2006年7/8月

「面接は自分を知って語ること(4)・・アメリカvs日本 これだけ違う面接の中味」 北加日本商工会議所掲載 2006年6月

「面接は自分を知って語ること(3)・・アメリカ人面接官の質問の真意を知る」  北加日本商工会議所掲載 2006年5月

「面接は自分を知って語ること(2) ・・日本人が面接ベタになる背景」    北加日本商工会議所掲載 2006年4月

「面接は自分を知って語ること」 北加日本商工会議所掲載 2006年3月

日本経済新聞 生活ライフプラン「米国キャリアカウンセリング事情」 2004年8月18日


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